プラチナの希少性を改めて考える

26732238_l.jpg

1. 隕石由来のプラチナ

 プラチナの起源を考えるとき、人類が誕生するはるか昔、20億年という気の遠くなるような時間をさかのぼらなければなりません。その頃、地球に衝突した隕石によって、プラチナが形成されていきます。今まで何度か触れてきましたが、プラチナの産出量は、南アフリカとロシアを合わせると80%以上を占めます。その他の地域でも、わずかなプラチナが見つかっているようですが、隕石の衝突が地球規模で影響を与えたという証拠でしょう。

 実際、小惑星などでも金属の塊のようなものが存在して、地球に埋蔵される量をはるかに超えるとも言われています。しかし、まだそれらが利用できない段階では、地球における資源を利用しなければなりません。プラチナを産出する南アフリカ、ロシア、ジンバブエ、カナダなどの主要な産出国は、プラチナを含む古い地層にアクセスしやすいという優位性があったと思われます。

 金と異なり、プラチナはかなり後世になって人々に好まれるようになりました。特に、20世紀は、プラチナは宝飾品での人気が高まり、その希少性を踏まえて、ステータス的に金の上におかれるようになるほどになります。また、投資の対象ともなっていきます。プラチナの短い歴史を見ながら、希少性について触れてみたいと思います。

2. テーベの小箱から始まるプラチナの歴史

 人類史の中で、最初にプラチナを利用した足跡はエジプトにありました。パリのルーブル美術館が所蔵するといわれるテーベの小箱がそれです。テーベとは、現在のルクソールという都市の一部にありました。ここで、紀元前数百年前の化粧箱が発見されましたが、それにプラチナの装飾が施されていました。これが人類史において確認されている最初のものになります。

 驚嘆すべきは、古代エジプトにプラチナを精錬する技術があったことです。いつも思うのは、このような技術を一体だれが生み出したのかということと、この古い時代に特定の技術を使い、プラチナが精錬されていたことが驚嘆すべきことなのではないかということです。

 プラチナという言葉の由来は、「ピント川の小さな銀(プラチナ・デル・ピント)」と呼ばれたことにあり、その言葉の中にあるプラチナということ言葉を起源としているようです。スペイン、ポルトガルが中南米に侵出していったときにプラチナに出会います。

 しかし、西洋では最初はプラチナという希少金属であることは認識されていなかったようです。プラチナの価値が認められたのは近代になってからであり、徐々にその価値は認められるようになりました。金よりさらに希少性のある金属として認識されるようになっていきます。そして、以前コラムで書いたようにカルティエによるプラチナの利用などでさらに広まっていきます。そして、今では工業利用、宝飾品利用、投資対象などが中心を占めるようになっています。プラチナがその地位を確立していったのは20世紀に入ってからといってよいでしょう。

3. 終わりに

 プラチナの価格は現在厳しいものがありますが、金に対しての生産量の比較を見てもプラチナの希少性は変わっていないと思われます。プラチナが年間200トン前後産出されるとするなら金はその15倍ほど産出されているといってよいでしょう。プラチナは、自動車触媒や宝飾品は再利用されるにしろ(投資は別として)、その他の要素では消費されていきます。

 そうしますと、プラチナは産出量が少ない上に、消費されてもいくことにもなり希少性がさらに高まります。こうした特徴を持つプラチナとは、金との組み合わせの中でポートフォリオを組みながら長いおつきあいが必要と考えるべきでしょう。

 本日は、プラチナの希少性を改めて考える、と題してお話ししました。