新しい金取引形態 〜 モバイルプラットホームによる少額取引の可能性

 昨年の旧正月前、資産ベースで世界最大の銀行である中国工商銀行をパートナーに、中国の大手IT企業テンセントは、傘下のWeChatが提供する無料インスタントメッセージアプリ上で少額の金(ゴールド)取引を簡単に行えるサービス「WeChat微黄金」を導入した。"微"はご存知のように、少量・少額を意味する漢字である。日本で多くの人が利用している「Line」上で、スタンプを買うような感覚で金が購入できる仕組みである。さらに、付加サービスとして、購入した金をアプリケーション上で第三者に贈与できる仕組みである"紅包"(中国のお年玉・ご祝儀袋)機能を追加した。WeChatの利用者は、全世界で約12億人、中国で約8億人、うち、決済機能を利用しているのは3億人超と言われている。「WeChat微黄金」の最小取引単位は0.001g(現在価格で5円弱)であり、購入時に手数料はかからない。売却時の手数料は0.5%である。「WeChat微黄金」のほか、「Alibaba Gold Saver」 や 「Gold Wallet」なども同様のサービスを打ち出している。両社の最小取引単位はともに1元(約17円)である。

 インドにおいても、PayTMやPhonepe等が最小取引単位1ルピー(約1.6円)のサービスを、モバイルプラットフォームに導入している。両社とも信用力の高い有力企業や政府系企業とパートナーシップを組み、消費者にサービスの信頼性をアピールしている。中国やインド以外の国でも新しい試みが水面下で進行中である。日本で人気のある「Line」も、タイにおいて、金の純金積立サービスを開始した。

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出所: 森田アソシエイツ調べ

 モバイルプラットフォーム金取引の開始は、金業界に二つの大きな構造変化をもたらす可能性がある。一つ目は、携帯が生活の一部になっている若い世代と金の距離を縮めたことである。例えば店舗で金を購入する場合、一般的な単位は10g刻みである。金は高価であるため、10gの購入でも5万円弱の資金を要し(中国やインドの収入レベルで考えると、数十万円相当)、若い世代にとって簡単に出せない金額である。しかし、少額金取引の登場により、金を購入する金額上のハードルが取り払われた。また、日頃使用している携帯で金を購入できるだけでなく、例えば、恋人の誕生日に自分の予算に合った金を送ることができるアイディアは、ネット世代の感性にも合うものである。モバイル取引インフラの導入は、これまで金と縁が薄かった若い世代を新しい消費者グループとして惹きつける力を秘めている。

 モバイルプラットフォーム取引の導入は、金取引の地理的拡大にも貢献すると思われる。中国には多くの宝飾品店や中国工商銀行を含む商業銀行(主に投資商品)などが金関連商品を取り扱っている。しかしながら、大手宝飾品業者のチェーンストアーも銀行のネットワークも、農村部で十分なサービスを提供できるまで整備されているとは言えず、金を購入できるインフラが身近にない人々が未だに多数いる。インドにおいても、同様のことが言える。一方、いかなる農村部であっても、ほとんどの場合、携帯インフラは整備されている。モバイル金取引プラットフォームの導入により、これまで金を購買する意欲があっても、地理的なハードルに制限され実際の消費行動に移せなかった人々を取り込める可能性がある。

 正式な統計データはないものの、中国において、モバイルプラットフォームを介した金取引は現在までに100トンを超える金額まで積み上がっていると、中国の業界関係者は推測する。年間投資需要300トン前後の中国にとって、無視できない数字である。中国当局も、こうした取引における投資者保護体制の確立に本格的に動き出した。今年の5月8日、中国人民銀行は十数項目からなる規制案を発表し、それに対する意見募集を開始した。もっとも注目すべき内容は、モバイルプラットフォームにおける金取引の決済(売買資金の移動及び金口座の管理)を、信用力がある金融機関等に限定することである。つまり、モバイルプラットフォームサービス提供者(一般的に金融機関ほどの信用力がまだない)の役割を、実質的に(売買)取引実行機能に制限する試みである。この規制案は、短期的に業界の成長を鈍化させる懸念があるものの、新しい顧客グループを掘り起こすというモバイルプラットフォームの可能性を根本から打ち消すことにはならないだろう。むしろ、取引のさらなる健全化を通して、モバイルプラットフォーム金取引の長期発展に寄与する可能性が高い。

 少額金取引は、金需要・金価格を支える潜在能力を持つ新しい取引形態として、これからも注目していくべき存在である。

    • 森田アソシエイツ 森田 隆大(もりた たかひろ)

      ニューヨーク大学経営大学院にてMBA取得。1990年にムーディーズ・インベスターズ・サービス本社(ニューヨーク)にシニア・アナリストとして入社。2000年に格付委員会議長を兼務。2002年に日本及び韓国の事業会社格付部門の統括責任者に就任。2010年にワールド・ゴールド・カウンシルに入社、翌年、日本代表に就任。金ファンダメンタルズおよび投資における金の役割に関する調査・研究の提供、および投資家との直接対話を通して、金投資の普及活動に取り組む。2016年に森田アソシエイツを設立、ワールド・ゴールド・カウンシル顧問を兼務。現在、埼玉学園大学大学院客員教授、特定非営利活動法人NPOフェアレーティング代表理事、MSクレジットリサーチ取締役兼評価委員会議長も兼任。立命館大学金融・法・税務研究センターシニアフェロー、法政大学大学院兼任講師を歴任。