インドの金取引の歴史

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 先週インドの金に対する政府の対策の変遷を述べようとして、横道にそれたため、もう一度解説する。

 戦後のインド政府の対応は紆余曲折があり、その時々によって大きく異なっている。1947年インドが独立を果たしたときから、インド政府は国民の金保有を禁止してきた。金本位制度は1817年イギリスでソブリン金貨が発行されて以来1973年米国のニクソン大統領が金交換を停止するまで200年近くの歴史を持っている。戦後は各国政府の信用の下で通貨が発行されるようになり、それぞれの通貨価値は外国為替市場で毎日決まっている。第一次世界大戦後のドイツのように、通貨マルクの信用が急落してハイパーインフレ(3年間で累積100%以上のインフレ)が起きた。こうしたことは、通貨が金とのリンクを無くし、戦後ジンバブエ、ブラジル、アルゼンチン等でも起こっている。商社時代の筆者の先輩はブラジルで毎日リュックサック一杯の通貨を背負って市場に買い物に行ったそうである。日ごとに野菜の正札が付け代わり、倍々ゲームで上がったという。一方、金本位制度下のイギリスでは200年間貨幣価値は変わらずインフレ率はゼロないしはマイナスであった。さて話をインドに戻すと、インド国民は新政府が発行するインドルピーの価値を信じられず、家計の貯蓄は信用できない銀行預金よりは、金に替えて家の中にしまっておき、娘が結婚する時は、持参金として金を持たせることが風潮となっていた。銀行への預金の拡大による貨幣の循環を促し、企業への貸付資金を確保することが急務であったインド政府は、金の流通を制限しようとし、1968年の金制限法(Gold Control Act)となった。14カラット以上の金宝飾品の製造は禁止、個人や家計が金を保有することも禁止、認可を受けたディーラーの2キロ以上の金保有禁止、金塊は宝飾品に鋳直し、保有金は当局に申告する必要があった。ディーラー間の金取引は禁止され、金の流通を妨げる施策はその後約20年間続いた。今でこそインドは中国と並ぶ世界二大金需要国であるが、1990年以前は公には金は流通していなかった。

 しかし、人間は持つなと言われるほど持ちたくなるもので、金の密輸入、密製造がはびこり、巨大なブラックマーケットとして成長した。歴代のインド政治指導者は、大きな市場があるにもかかわらず税収は無く、現金取引が大半となったため個人や家計、企業の収支が把握できず課税できないという深刻な問題に直面した。改革前のインドの徴税は国民の2%にしか行われていなかったという。1990年、インド政府は自由化の波を受けて金の貿易も自由化して関税をかけた方が得策との考え方からGold Control Actを撤廃し、金の輸入に輸入関税をかけた。復活した金の輸入量は毎年増加の一途をたどった。次の問題は、原油の輸入金額を金の輸入金額が上回り、2001年以降徐々にインドの貿易赤字は増大したことだ。2012年インド政府は金の輸入関税を2%から10%に引き上げ、2013年80対20ルールを作って金を100トン輸入した場合20トンは宝飾品にして輸出しなければならないというルールを作った。いずれも増加する金の輸入を制限しようとする動きであった。2014年5月に発足したナレンドラ・モディ首相は、更に経済全般に対する改革を行っている。トランプ大統領誕生で世界中が騒然としている2016年11月4日午後8時、500ルピーと1000ルピーをその日の深夜零時以降廃止すると唐突に国民に通告した。旧紙幣は12月までに銀行に行って新紙幣と交換しなければ無価値となるという改革で、国民は混乱に陥った。新紙幣に交換する際、銀行は資金の出所を問い、銀行預金を奨励した。また、2017年7月物品税を課税してそれまで州間で課税されるなど複雑な物品税を一本化した。その背景には国民や企業の所得が現金主義で帳簿に載らないため把握できないという問題があった。資産は家庭内に現金や金の地金として積み上げられ、金を使った所得隠しのマネーロンダリングが横行していた。政府としてはこうした隠し資産をあぶりだし、銀行預金などで明確化する作業が必要だった。昨年7月には貴金属商に対してアンチマネーロンダリング法が適用され、金を購入する人の氏名を当局に届け出ることを義務付けた。さすがにこの法律で金の売り上げが激減したため9月には取り消されたがそれほど金は政府当局から資産を隠すための方法とみなされていた。

 2016年Gold Monetization Schemeが作られた。詳細にわたるこの法律の目的は以下であった。

① 家計や銀行などに保存されている金を流動化させる。

② 宝石商に対して銀行から金を供給するルートを作る。

③ 国内の金をあぶりだし、海外からの金の輸入依存度を引き下げる。

 全国に金の純度のテストセンターを作り、金の品質を確立し、個人で保有する金はセンターに持ち込み純度を測ってから銀行に預けることが奨励された。そうした人にはキャピタルゲイン税、資産税、所得税が免除された。銀行は預けられた金に金利を付ける。銀行に預けられた金の現物はセンターを運営する32の貴金属精製業者に預けられる。銀行は金の輸出入を行い、宝飾品メーカーは金を銀行にゴールドローン口座を開設し、金のリースを受ける。宝石商が支払う金利はテストセンターの経費や精製設備業者の費用及び銀行の手数料になるまた、銀行はインド中央銀行に金を預けることもできる。さらに、金の現物取引所を創設し、各地で異なる金の価格を統一するという。こうした一連の動きを見ていると、いかにインドの金市場というものが、品質はばらばらで、価格も地域で異なるブラックな市場であったかが想像される。インドはようやく金市場の透明化、基準化を図る近代化の段階にある。日本と比較すると、まず異なるのが、インド政府は金を金融サイクルの中に取り込もうとしていること、あるいは歴史的に金を金融機関に取り込まないと正確な資産が把握できないほど、金は大きな市場になっている点が違う。日本の場合は経済産業省が取り扱う一商品で、金は金融商品とは隔絶されている。最近できた金や原油等のETFが唯一金融界と商品業界を結ぶ懸け橋となっているが、世界では金は金融商品の一部である国が多い。また、インド人にとって生活に根付いた金は、日本のような価格が上がると金の輸入量より輸出量が上回るという事態は想定できない。今年2月1日公表されたインドの新年度予算案では金の金融化を一層促進することが謳われ、農業補助金の拡充などにより農民の所得を支援する政策が示されている。これは地方による金買い意欲の方が強いインドでは今後の金需要の増大につながる動きであろう。

    • 株式会社コモディティー インテリジェンス
      近藤雅世(こんどう まさよ)

      1972年早稲田大学政経学部卒。三菱商事入社。
      アルミ9年、航空機材6年、香港駐在6年、鉛錫亜鉛・貴金属。プラチナでは世界のトップディーラー。 商品ファンドを日本で初めて作った一人。
      2005年末株式会社フィスコ コモディティーを立ち上げ代表取締役に就任。
      2010年6月株式会社コモディティー インテリジェンス設立代表取締役社長就任。